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250号の実感

 先日、無事通過することができた、大物250号。200号を越えたあたりから、もう頭の中は「250号」のことで頭が一杯で、釣行するたびに250号、250号と頭に思い浮かべながらの釣りだった。だが、通過してみてわかったことは、結局ただの通過点に過ぎないということ。250号に到達したからと言って、私の投げ釣りスタイルが変わるわけではないし、狙う魚が全く変わってしまうわけでもない。ましてや、「私」という人間が変わってしまうわけでもない。

 釣行から帰ってから、250号のことについて、あれこれと書こうと思ったが、思ったほど書こうと思ったことが思い浮かばなかった。なので、もう250号のことには触れずにおこうと思ったのだが、我がクラブの新鋭、ゆうたろうさんがご自身のブログで、大々的に私の250号のことについて触れてくださっていて、もしかするとこれは語らずにはおれないのかも?なんて思い出して、それでここは一丁250号についての思いをもう少し掘り下げて語ってみよう、そう思って今日はPCの前に座ることにした。

 私が全日本サーフに入会したのは、平成2年(1990年)5月。入会したいきさつについては以前に書いたことがあるので省略するが、つまり250号に到達するのに足掛け22年かかったことになる。

 ここで、節目の魚拓申請を書き上げてみる。

 第1号・・・林崎一文字(現在の林崎ベランダ)にてアイナメ35.5センチ。平成2年11月11日。同じ日に釣り上げたのが、Dランクのカモメ(笑)

 第2号・・・住金裏にてマコガレイ32.7センチ。同年12月28日。小雪が舞う、寒い日だった。早朝から震えながら、粘りに粘って夕方4時頃に釣り上げたことを覚えている。

 第3号・・・鳥羽菅島旧石切り場にてアイナメ30.6センチ。平成3年3月3日。初めて月例会で鳥羽の島嶼部に連れて行ってもらい、故小林元会長のアドバイスで釣り上げることができた。この日以来、鳥羽菅島旧石切り場のファンになった。

 第10号・・・京都府伊根網干し場にてトカゲエソ41.5センチ。平成3年8月27日。第9号トカゲエソ35.5センチとダブルで釣り上げた。このときのエサはイシゴカイ。マゴチのエサのピンギスを狙っていて、エソが釣れてしまった。肝心のエサのピンギスは釣れず。翌朝に、別場所で釣って持参した、たった3匹のシロギスをエサにして、第11号のマゴチ55.5センチを釣り上げたのは、過去の「とんでもhappenな釣り 4」で書いたとおり。

 第50号・・・三重県尾鷲市矢ノ川尻にてコトヒキ33.5センチ。平成5年4月9日。この日は半夜釣りでコトヒキCランクを含めて10匹の大爆釣。今では考えられないこと。この10匹のおかげで、50号は風のように過ぎ去った(笑) この日の釣りは、同じく過去の「とんでもhappenな釣り 2」で書いている。

 第100号・・・三重県尾鷲市三木浦岩場にて、シロギス27.2センチ。平成7年5月14日。月例会で、初めて歩いた三木浦の岩場だったが、勢いこんで釣り始めたものの、夜中は巨大ヒトデのオンパレードで、うんざりしていた。ところが、夜が明けかけたときに幸運にも釣れた、うれしい1匹だった。

 第150号・・・兵庫県西宮市武庫川一文字にて、スズキ70.0センチ。平成9年8月12日。お恥ずかしいことに、これは電子ウキのコスリ釣りで釣れたもの。玉網を持たずに200mほど歩いて当たったものだから、掛けてから200m魚を引きずって後戻り。5.4mの磯竿1号で魚をだましだまし引っ張って、それなりに苦労して取り込んだ。ハリ(チヌバリ3号)は、スズキのとんがった口先の上アゴに、見事に刺さっていた。このときの磯竿は、コアジのサビキ釣りなどで、いまだに愛用している。この日の約10日後、有田川一文字にて、塩イワシでスズキ74.2センチを釣り上げている。これは、「とんでもhappenな釣り 8~この1匹」で書いたっけ?スズキDランクは、後にも先にも、この2匹だけ・・・・(>_<)

 第200号・・・兵庫県浜坂町(現在の新温泉町)浜坂一文字にて、スズキ64.0センチ。平成18年10月10日。以前にも書いたが、この釣行に行く前が198号で、立て続けにスズキを釣り上げたものだから、250号と同じく200号リーチの瞬間がとても短かった。同じ日に、私のホウボウの自己記録、45.0センチも釣り上げている。スズキよりもおいしかった獲物。

 そして、250号到達。平成23年10月8日。読者の方はお気づきと思うが、大物150号から200号まで、足掛け10年も要している。これはなぜか。我がクラブのメンバーは皆知っているところだが、私の私生活に大変動があった時期と重なっているからだ。私のサーフ人生、いや、本来の人生の中の暗黒の時期であった。詳細はここには書けないが、このことで、私は全日本サーフを退会しようとさえ思ったくらい。あのとき、故小林元会長を初め、二代目会長の萩山氏、そして、現副会長の福岡氏、そして、ありみつやんか氏などなど、クラブのメンバーに様々な相談にのってもらっていたから、サーフを退会せずにすんだ。そして今の私があると思っている。細々とでも、サーフの会員を続けて、投げ釣りを続けてきたから、250号という数字に到達できたのだ。その点で、北斗のメンバーには感謝しても感謝しきれないくらい。

 私が、北斗の会長を引き受けたのは、そんなクラブ員皆の恩に報いるためといっても過言ではないのだ。そんな、人生の良き伴侶とも言うべき、北斗があったから、250号は達成できた。

 250号は、ただの通過点。ただ、その数字の裏には、とても重い、私にとってはかけがえのない何かがあることだけは、これからも忘れずにいようと思っている。300号なんてとても到達できるとは思っていないが、投げ釣りへの情熱は忘れず、これからも「楽しく、マジに」投げ釣りを続けていきたい。

 これが、今の「250号の実感」。

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