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母の命日

 あの日も暑い日だった。私は前任校でも吹奏楽部の顧問をしていたが、それはちょうど市のブラスバンド発表会の日だった。朝の9時に市民会館ホールに集合しなければならなかったが、そのための朝練を生徒7時集合で音楽室で行っていた。約1時間の朝練の後職員室に戻り、ほっと一息ついて出発する直前のことだった。

「矢野先生、お電話ですよ。ご実家からです。」

同僚の先生がそう声をかけてくれて、この忙しいのに・・・と思いながら電話に出ると、長兄からだった。

「お母ちゃん、死んだから。」

最初、何のことかわからず、私は思わず「えっ?」と聞き返した。

「お母ちゃん、死んだから。すぐに実家へ戻って来い。」

それでようやく事態がつかめた。母は当時70歳。しばらく前から骨粗しょう症とパーキンソン病を併発して、ほとんど寝たきりだった。それで、心臓に負担がきているので、常に命の危険と隣合わせの状態だったのだ。朝7時頃、様子を見に行った長兄が発見し、すぐに救急車で運ばれたそうだが、すでに息絶えた状態だったそうだ。

私は事情を長兄に伝えて、発表が終わったらすぐに実家に駆けつけると伝えた。受話器を下ろした後呆然としていると、

「どうかされたんですか。」

と、先ほど電話を取り次いでくれた先生が私に言うので、

「母が死んだって・・・・」

そう伝えてなお私は硬直したように動けなかった。その場にいた他の先生方も絶句。もう一人の吹奏楽部顧問の音楽科の先生に、主催者に事情を言ってプログラムを繰り上げてもらうように頼んでもらった。その日の発表会のプログラムは、舞台に上る部員の少ない学校順に組まれていて、プログラムの進行と同時に椅子と楽譜立てを追加していく方式をとっていた。私の学校の部員は当時60名以上。舞台に上る部員も50名はいたので、私の学校のプログラム順は、午後の一番最後の方だった。それを主催者のご好意で、午前の最後に繰り上げてもらったのだ。

8時過ぎに学校を出発して駅への道を生徒とともに歩いていた。生徒達には事情を言わずにいたので、何も知らない生徒達は、発表会前でテンションも高く楽しそうに談笑しながら歩いていた。私は、悲しいという実感が、まだはっきり言って沸かなかった。その日の午前中はホールでどのように過ごしていたのか、全く記憶にない。舞台発表も風のように過ぎ去り、演奏終了後すぐに私は実家へと急いだ。

私が実家に戻ってすぐ、母の遺体は病院の検死から帰ってきた。母の最期の帰宅だった。母は特に苦しそうな顔をしているでもなく、ようやく苦しみから解放されて、おだやかな顔に見えた。その顔を見て、私は母が本当に死んでしまったのだという実感が沸いてきた。

その日、父はフィリピンにいた。当時父は毎年、ミンダナオ島へ戦死した戦友の慰霊に訪れていた。旅行会社を通じてすぐに父の宿泊するホテルに連絡。ただ、ミンダナオの空港から首都マニラ国際空港を経由しての帰国は、最低でも2日はかかるとのことだった。それで、通夜は父の帰国を待って執り行うことにした。2日の仮通夜を経て本通夜。その間母は、ゆっくりと実家のいつも寝ていた部屋で寝かされていた。季節が季節だけに、遺体の回りを厳重にドライアイスで保護し、私は毎日母と過ごした。

父が帰国の当日、私は午後9時頃関西空港着予定の父を迎えに、空港へと急いだ。道中、父と会った瞬間どんな顔をすれば良いのか、迷いながら車を運転していた。空港で到着口から出てきた父を迎えたが、父はいたって冷静だった。動揺して悲しんで・・・は、現地のホテルで済ませたに違いない。だが、きっと母の遺体を見るとまた悲しみが沸いてくるのだろう。その日の夜、仮通夜の2日目、父は母と最後の対面を自宅でしたのだった。

母が亡くなったのは平成7年8月5日。関西空港が開港してほぼ1年後だったような。私は父を迎えに行った日、初めて関西空港を訪れたのだった。そしてその年。他ならぬ、阪神淡路大震災が起こった年、未曾有の被害をもたらしたあの大地震の年であった。あれから13年。たくさんの方が悲しんだその年に、私も、事情は違うが端くれの悲しみを感じたのだった。年月の経つのは早いものだ。今年14回忌。

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