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2008年4月

とんでもhappenな釣り6~連休の思い出~

 久しぶりに、「とんでもhappenな釣り」。連休前のこのタイミングで「あのhappen」を書こうと思っていた。じゃ、来年のこのタイミングではどんな話を書くのだろうか?・・・なんて考えずに書くことにしよう。

 私にはどうしても忘れられない連休の思い出がある。おそらく、サーフ人生の中でトップの思い出と言える。もったいぶらずに書こう。ああ~今思い出しても・・・・(>_<)

 今から10年ほど前の5月の連休。私は今回連休に同行するメンバーとほとんど似たようなメンバーで岩手・釜石にアイナメ狙いに行った。ああ、そう言えば今はほとんど現場に顔を出されない初代会長の小林氏や、もうサーフを引退された御大渡辺氏も一緒だった。行き帰りとも航空機を利用、現地レンタカー、ホテルで2泊という、今では到底できそうもない贅沢な釣りだった。

 現在のサーフ界の岩手の釣りといえば、宮古市の重茂近辺が脚光を浴びているが、当時の岩手での釣りは、釜石近辺が主な釣り場だった。山田湾の御箱崎や、釜石の死骨崎といった場所で、50センチオーバーのアイナメが出ることで急激にサーフの会員が釣行に行き出した。蛇足だが、ちょうどその頃からだろうか、浜坂、三尾のアイナメが釣り荒れのために大物が出なくなり、魅力がなくなったせいかサーフ会員があまり行かなくなったのは。

 さて、私たちは花巻空港経由で釜石に向かった。その日は確か連休初日だったと思うが、到着が午後だったのでその日は渡船に乗らずに地磯から釣ってお茶を濁し、その日は早々にホテルに入った。そして翌日、運命の日がやってきた。私たちは渡船に乗り、近い磯から順にメンバーを降ろしていった。そして、私は小林元会長、松本氏の3人で、死骨崎先端にある小さな島に渡してもらった。死骨崎灯台よりも少し沖に出ているこの島は、島の反対側に行く手すり付きの階段までついていた。小林氏と松本氏は、渡船が着いた地磯との水道筋ですることになり、私は階段を上って島の反対側、つまり沖側に釣り座をとった。そこは、手すり付きの階段がそのまま海までつながっていて、足場はコンクリート護岸、しかも手すりがあるので三脚いらずな場所。一人なので安全で恰好の釣り座に思えた。

 しかし、際を探ろうが、沖向きに投げようが、一向にアタリらしきものがない。事前に福岡氏から、「秋にはここで50センチオーバーを含め、爆釣していたよ。」なんて聞かされていたものだから大いに期待して竿を出したのだが、全くの当て外れ。そうこうするうちに昼を過ぎ、そろそろ気持ちも切れかけていたそのとき・・・・・

 突然竿尻がパーン!と浮いて、竿が飛びかけた。私はちょうど竿の横で、切れかけていた気持ちのまま、たまたま竿先に目をやっていたときだった。それで竿を飛ばされずに済んだのだが、私は咄嗟に竿をつかみ、ベールを起こして糸を出した。相手がアイナメなら全くのセオリー無視の対応だが、そのときは本当に咄嗟の反射行動だったのだ。糸はシューーー!!と音を立てて勢いよく出て行った。かつて、林崎でカモメに引っ掛けられて糸が思い切り出て行ったことがあるが、そのときよりも勢いがよかったと思う。とにかく、とてつもない勢いで糸は出て行った。そして、糸の出がゆるくなったタイミングを計ってベールを戻し、思い切り合わせた。

 「あれ? 根ガカリ?!」

 竿をあおっても寄ってこない。そのとき一瞬しまったと思った。糸を出したことを後悔したのだ。

 「しまった! 根にもぐられたか!!」

 しかしである。なんとなくこちらに寄ってくるような感触。私は気を取り直してゆっくり竿をあおって巻き始めた。うん、確かに少しずつ寄ってくる。しかし、どうみても海草か障害物の感触。

 「さっきのアタリはいったい・・・・?!」

 そう思ってさらに巻こうとしたとき、突然、今まで経験したこともない強烈な締め込みがやってきた。

 「あれ?! 魚がついてる・・・・・。」

 まるで、ドンゴロスがしめ込んでいるような感触。座布団クラスのエイがしめ込んでいるいるような感触。当時使用していたツインパワー425BX並継ぎは満月のようにしなっている。こんな感触は初めてだった。そして必死に巻いてきてふと足元の海面を見たとき、私は足が震えてとまらなくなった。巨体の黒い影・・・・ 魚はアイナメ「らしい」ということはわかったが・・・

 「何? これが本当に、あのアイナメ?!」

 見たこともないサイズだった。明らかに50センチオーバー、いや、60センチ近かったと思う。そのときはまだ50センチオーバーのアイナメなんて現物を見たことがなかった。50センチはあるなとは思ったが、翌日に萩山氏が釣った拓寸56センチオーバーのアイナメと比較することができて、明らかにそれよりも大きかったのだ。波間にただよう大きなアイナメ。ところが、しまったことにそのときは玉網を持参していなかった。30センチオーバーしかアイナメは釣ったことがなかったそのときの自分には、アイナメ釣りで玉網など全く考えもしなかったのだ。さて、どうしようか。ところが、後になって冷静に考えればいろいろな考えが及ぶが、そのときは頭の中は真っ白。パニックは頂点に達していた。それで、何も考えずに無謀にも抜き上げようとしていた。少しは頭にあった。仕掛けはモトス10号ハリスはケプラーを使用していたということを。だから、抜けると思ったのは間違いはなかった。ところが、魚が水面から離れない。抜き上げようにも魚が持ち上がらないのだ。かつて、数々の大物を玉網を使わずに抜き上げたことがあった。鳴門の65センチのスズキ、西舞子の55センチのコイチ。住金裏の47センチのクロダイ。そのいずれも竿をためると魚は持ち上がってくれた。ところが、その「アイナメ」はどうしようにも、水面から上がらなかった。そしてついに運命の時・・・こともあろうにテンビンと仕掛けの結び目が抜けてしまったのだ!! 半分持ち上がっていた魚体はその瞬間、仕掛けごと水面に「ドボン」と音を残して水面下に消えた。私は声ともつかない奇声を上げ、しばらく呆然としてその場に立ち尽くしていた・・・・

 私はいつかは岩手のアイナメを釣りに行かねばなるまい。クラブ員にも他の釣友にもおそらくこの気持ちは理解できないと思うが、あのときの「悲劇」は未だに私の頭の中でトラウマとなって存在している。そのトラウマを振りほどかなければ、サーフを引退するそのときがきても、きっと引退できないと思うのだ。いつかはきっと、いつかはきっと、50センチ、いや、60センチオーバーのアイナメを「岩手」で釣る。私は心の中でそう決めている。

 それ以来。岩手への釣行は実現していない。クラブ員は時折出かけては、50センチオーバーを仕留めたりしているが、私には予算とかの関係で、なかなか実現できないでいる。私のアイナメ号数は、Aランクはともかく、Bランク3匹を含めあとはガラガラ。磯アイナメが得意と自分で思っておきながら、なんとなく大物アイナメとは縁がなく現在に至っている。また、蛇足ではあるが、例の渡波のイシガレイ。東北の神様がそんな私のことを覚えていてくださって、そうやって記録魚を釣らせてくださったのではないか。私にはそう思えてならないのである。

連休の釣り

 連休の遠征に向けて資金を稼げたらなーという軽い気持ちで朝11時頃からパチンコに行った。ところが、今日のその店は立ち上がりが悪いらしく、私も含めてあまり景気の良い出方はしていない。私もズルズルと18000円負けたところで、「返り討ちにあってしまった、もはやこれまで。」と帰ろうと思った矢先、ワリンちゃんが出てきて単発アタリ。「これじゃだめなんだよなー。」なんてつぶやきながら打っていると確変を引き戻し、あれよあれよと16連チャン。そんなわけで、すたこらさっさと逃げ帰ってきました(^^; GWは私が遠征している間に妻が息子を連れて九州の実家に帰るため、妻にも勝ち分の少しを帰省の足しに渡しておいた。

 さて、今回の遠征は、我が北斗サーフの副会長、福岡氏の車でクラブ員5名で出かける予定。行き先は、とりあえず島根県の某一文字波止ということにしておくが、狙いは2本立て。ずばり、アイナメとヒラメ。なんちゅー組み合わせやと思われる方もおられると思うが、その一文字たるや、底の荒さは天下一品。しかも、数えて30カウントと、えげつなく深い。その荒いシモリ際にヒラメが寄っているようで、時折デカ版が出るのだ。ただし、宝くじのような確率と、エサの活けアジが手に入るかどうかにかかっている。

 ところが、昨年の秋に同じ場所に釣行した際に、同行の萩山氏がアコウのランク物を立て続けに4匹も釣り上げた。それも活けアジでの釣果だったものだから、そんなにアコウが寄るだけの荒い底ならおそらくアイナメもいるだろうと思ったのだ。それで、アイナメ狙いにマムシ等の虫エサも用意するつもり。私はアイナメはBランクから行け行け状態で空いているので、とりあえずは1日はアイナメを専門に狙ってみようと思っている。

 世間のサーフ界では、岩手のアイナメやら愛媛のヒラメ、カワハギやら、そういった狙いが多いようだが、どうしても、釣り場が混雑するのでは?と懸念してしまう。その点、その一文字は投げ釣りマンはほぼゼロ。外向きは上物狙いの人でにぎわうが、私たちが釣ろうとしているのは内向きオンリー。だから、釣り場の心配もほとんどしなくて済むのだ。まあ、どうなるかはわからないが、結果が出ればまた釣行記にでも書いてみようと思う。

 よーし、釣り針よ、海底から確変を引っ張ってこーーーい。

片割れ

 最近、大会入賞には本当に見放されている私が言うのもなんだが・・・・・の話。 

 大会等で「2匹長寸」と書かれてあると、まずクラブ員どうしで作戦を立てると思う。どこに行けば2匹、それも寸法を稼げる魚が釣れるか。なかなか悩ましいところだが、それを考えるのも大会に参加する醍醐味と言える。だが、さらに条件がつくと、ほとほと頭を悩まされて疲れてしまうことも・・・我が大阪協会の大会では、春季大会は「2匹長寸」と書かれてあるが、条件は「スズキ、カンダイを除く。」 カンダイが対象魚になる前までのパターンは、「スズキ、エソを除く。」だったのだが、最近はエソも肩身が少し広くなったのかな。

 で、秋季大会。これが難儀。2匹長寸は同じだが、さらに枕詞に「異種」がつく。「異種2匹長寸。」だから、例えばニベを狙って下津井会場に申し込んでニベが爆釣しても、別の種類の何か1匹を持たねば入賞はかなわないという寸法だ。

 そんな秋季大会にある年、有光氏とともに中紀会場に申し込んで有田川一文字に釣行したことがある。有田川一文字での対象魚は、確率が高いエソと確率がめっちゃ低いマゴヒラ(マゴヒラとは、ご存知のようにマゴチ、ヒラメ。生エサまたは活きエサを使って一発勝負的に狙う釣りもの。)。そんな場所ではあるが、私は有光氏と相談して、一発勝負に出ることにしたのだ。エソはともかく、なんとしてでも「片割れ」のマゴヒラを釣らねば。そう覚悟して朝の渡船に乗り込んだ。エソは釣れることはほぼ間違いないが、2人の頭の中はどうやってマゴヒラをゲットするかということばかり。とりあえず渡船を降りてからマゴヒラの確率が少しは高い南端の白灯台付近に陣取った。ここまで来たら開き直って釣るしかない。そう思いながら、2人で塩イワシのエサを仕掛けにつけて投げ込んだ。

 しばらくすると、有光氏が「おーい。」と声をかけてきた。こちらはまだ仕掛けを準備中というのに「なんやねん。」と思いながら有光氏を見ると、なんと40センチオーバーのキチヌをぶら下げている。有光氏は釣りやすいエソを残して、キチヌを釣ってリーチをかけたのだ。しかも塩イワシのエサで。しかもしかも1投目で。なんというラッキーなことか。これで入賞も間違いない。案の定それからしばらくして、有光氏はなんと50センチオーバーのエソをしとめてしまった。私はというと、結果はわかったも同然、エソばかり数匹。これでは入賞は無理。有光氏はマゴヒラなしに、キチヌ、エソで上位入賞を果たしてしまった。帰りに二人で話した。こんなラッキーなことは滅多にない。また、こんなラッキーがあるから、釣りとは面白いものなのだと。有光氏は賞品にD社の高級リールをゲット。

 くそー。私もいつかはそんな手柄を上げてやる~~~。

 でも・・・・「片割れ」を釣るのは、本当に難しい・・・・・

マックブック

 昨日、MacBookのWindows環境を整えていた。インターネットの接続がどうしてもわからなくて、購入した日本橋のソフマップに電話したら、購入したときにお世話になった店員さんが出てきて、丁寧に教えてくださった。それによると、Windowsをインストールした後の操作がカギだったようだ。マックのインストールディスクにその答えは隠されていた。ドライブにディスクを挿入するとすぐに答えは見つかって、一見落着。説明書のどこかにそれらしきことは書いてあったのかもしれないが、私には発見できなかったようだ。そんなわけで、インターネットの方も無事、マック、ウィンドウズの両環境で無線LANが開通。昨日、ホームページの製作拠点を、今まで使っていた富士通からすべて移し変えた。

 私がマックにこだわる理由は、なんと言っても使いやすさ。様々なアプリケーションがプリインストールされているが、どれも使い勝手がよい。インターネット、メール、フォト、音楽、映画、住所管理などと言った、最近パソコンで大きな需要をしめているソフトは、おおよそそろっているし、変な設定をしなくてもすぐに使える。あと、インストールしておけばよいものがあるとすれば、Officeくらいか。

 それと、もうひとつ大きな理由は、今まで約15年間マックを使い続けてきて、マックのバンドル版のソフト、「クラリスワークス」「アップルワークス」のドロー環境で作った書類が山のようにあること。その書類が一切開けないウィンドウズでは、仕事にならない場面が多すぎるのだ。ドローソフトというのは、最上級のソフトにイラストレーターという有名なソフトがあるが、一太郎やワードといった一般的なワープロソフトと違い、入力した文字や貼り付けた写真などを好きな位置に移動できるので、とても便利なソフトだ。それで、私が所有している書類は半数以上がこのドローソフトで作ったもの。その積み重ねが私をマックから離れられないようにしたのだ。

 今回のマックブックは、数えて5台目のマッキントッシュ。直前のPowerBookG4が9年間使ったものなので、今回のマックブック投入は本当に久しぶりのマッキントッシュとなる。ウィンドウズも使えて私には願ったりかなったり。これから私のパートナーとして、できるだけ長く働いてもらうことにしよう。

追随

 阪神が巨人に負けてイヤーな予感がしたが、やはり私もそれに追随してしまった。例の場所に今シーズン初めて行ってみたが、完封負け。予想通り、まだ少し時期が早かった。だが、今シーズンの開幕戦と考えると、釣り場への慣れや昨年の釣行感覚の復活など、それなりの成果があったように思う。今度は5月に入ってからの釣行と思うが、必ず成果をあげてやる! という覚悟で望むことにする。待ってろよ〜、赤、黒、銀!! さー寝よ。

塩酸

 今週の月曜日に、理科の実験を教室で演示しようと準備室で塩酸を用意していた。実験では塩酸は水に薄めて使うのだが、(つまり、うすい塩酸。昔は希塩酸と呼んでいたが、今は少なくとも中学校の現場では、この言葉は使われない。)ちょうど薬品棚の下に以前使用したうすい塩酸が薬瓶に入れて保管してあったので、それを使うことにした。うすめてある、という油断があったのだろうか。他の瓶に移し替えるときに、右手薬指の付け根にかかってしまった。うすいから大丈夫だろうとたかをくくっていたら、しばらくして激痛が走り出した。見ると赤くただれて火傷状態になっている。酸というのは、かかった瞬間はあまり感じないが、しばらくして火傷の痛みが走り出すという性質がある。まして、うすめてあるから、痛みだすのに相当時間がかかると思われる。それで、しばらくは何の痛みも感じなかったのだ。ところが、この「うすい」塩酸、実験の目的が違っていたのか、結構な濃さだったようだ。それでこの始末。急いで水道の流水に浸したが後のまつり。指の付け根は赤くただれてしまった。それでもまあ、どうってことはないだろうと思って放っていたが、昨日あたりから突っ張り感が出始め、しかも化膿もしだしたようだ。それで、このことを今日になって妻に話すと、なぜもっと早く言わなかったのか、とひどくしかられた。イソジンで消毒、薬を塗って対処は終わったが、しばらく尾を引きそうな感じ。まあ、仕事や投げ釣りには支障はない。と思うのだが。今回は演示実験の準備だったからよかったが、これが生徒実験だったら、そして、手ではなくもっと違った部位にかかっていたら、と思うと少しぞっとする。大いに反省の事件だった。

グローバルな釣り?!

 本校に本年度のALT、アメリカはカリフォルニア州生まれのアメリカ人、A先生が赴任された。ALTとは「Assistant  Language  Teacher」の略。つまり、国際理解の授業で英語の先生の補助をする外国人教員のことである。彼は24歳。日本語はペラペラ。色白(白人だから当たり前)の男前でとてもまじめそうな彼は、現在大阪市内で一人暮らしをしているそうだ。今日の午後、彼とゆっくり話す機会があったのだが、もともとアメリカにいるときは調理師の仕事をしていたそうで、大の日本食好きが高じて、いつかは日本に住むのだという強い意志を持っていたらしく、その夢がかなって日本にやってきたということである。趣味は料理。そして日本食が好き、というところから会話は「食部門」に進んでいったが、ビーフ、チキン、フィッシュのうち、好きなものはどれかと尋ねると、「モチロン、フィッシュデース。」 自宅にはマイ出刃、マイ柳刃があるらしく、最近は刺身の切り方をコンニャクで練習しているらしく、毎日弁当にはコンニャクが入っていると苦笑いしていた。そうそう、彼は偉いことに、毎日自分で弁当を作って出勤している。初め、弁当を少し覗くとタクアンが入っているので、日本人の奥様か日本人家庭へのホームステイかと思ったのだが、なんのどっこい、そのタクアンは、「メイド・イン・マイ・ヌカドコ!」 なんと、自分で糠床まで作って持っているという念の入れよう。ここまでくるとあきれるほど相当な日本びいき。そんな彼の今の悩みは、「サシミニスルサカナハタカイ。」だとか。もうここまできたら話の筋道は読めると思うが、ここはひとつ彼を投げ釣りに連れていくべきと思うようになってきた。幸いにも日本語は流暢にペラペラだし、普通に友達感覚でいけそう。そして、釣った魚を彼に食べさせる。彼は喜ぶ、そして日米友好の架け橋となる。よし、なかなかグローバルな計画が立てられそうだ。これからはわが北斗サーフを、「インターナショナル・ホクト」と呼んでもらおうか。なんちって。happy02

Windows VS MacOSX

 今日は今の今までホームページのチェックや管理、ブログを全くできなかった。というのは、ニューマシンのカスタマイズに時間を取られていたからだ。ニューマシンを手に入れるのはそれなりにうれしいことだが、実際に不自由なく使用しようと思えば、様々な設定やインストールを経なければならない。特に今回は、MacとWindowsの両方を設定していかなければならないから大変。例えば、インターネットはMacでほとんどこなせるが、ホームページ作成にホームページビルダーを使っているために、転送するためにはWindowsのインターネットの設定をしなければならない。Macで即つながるものだから、Windowsでもすぐにつながると「錯覚」していた。Macユーザーの者にとって、Windowsのインターネット設定ほどわずらわしく思うものはない。MacをWindowsを立ち上げたら、全く別物のWindowsマシンと心得えなければならないのだ。だから、あたかも自分がMacとWindowsの2台のパソコンを同時に購入した気分である。まだ、それぞれにインストールしなければならないアプリも多く、すでに気が滅入っている。また、セキュリティにも気を使わなければならない。実は、Macはウィルスに強いパソコンと言われていて、感染する確率は非常に低い。念のため何らかの対策はしておくが、その同じパソコンをWindowsで立ち上げると、途端にウィルス対策を念入りにしなければならないマシンに返信する。幸い、現在あるデスクトップのFMVにはウィルスバスター2008のダウンロード版をインストールしてあるので、同時に3台までインストールできる機能を利用してニューマシンにインストールしようと思っている。しかも「2台分」として。便利なのは良いが、その分設定はややこしい。まあ、明日からまたパソコンとにらめっこして解決していこうと思っているが。

 ところで、先日の月例会報告が、クラブ員の南紀会場参加者と四国会場参加者から届いている。アップしたいところだが、パソコンとの戦いの目処がつくかとうかがカギ。
 したがって、月例会報告は、もうしばらくお待ちください。

春季大会撃沈

 マックのパソコンが入れ替わった。以前このブログにも書かせていただいたが、私は職場と自宅のホームページ関連はwindows、画像処理や書類系はMacintoshで処理している。自分で言うのもなんだが、自称ハイブリッドユーザー。悪い言い方をすれば、両刀使い(^^; 本来はマックユーザーなので、ウィンドウズとの併用が面倒くさくて、いっそのことウィンドウズに完全に乗り換えようとも思ったが、どうしてもマッキントッシュから離れられなかった。その理由は、ウィンドウズユーザーの方にはわからないかもしれないが、マックは使い慣れるとウィンドウズよりもはるかに人間的で扱いの優しいパソコンであることがわかる。画像処理ならマックの方が一枚上手。しかし、職場はウィンドウズ。それで、両パソコンの板ばさみになっていたのだが、最近になって、マックがウィンドウズとマックの両方のOSを走らせることができるようになり、それで思い切って入れ替えることにしたのだ。機種とスペックは、インテルCore2DuoプロセッサのMacBook。CPU2.4GHz、メモリ4GHz、HD240GB。これが今時のスペックなのかはわからないが、とりあえず最強にしたつもり。この時期で資金的にはとても苦しかったが、仕事とHP運営のためには背に腹を変えられない状態だったので、清水の舞台から飛び降りるつもりで決断した。で、今日のブログは、ニューマックからの打ち込み。キーボードが実にスムーズでソフトなタッチなので、文章の打ち込みがずいぶんと楽。このマックには、これからバリバリ働いていただくことにする。
 
 おっと、それはそうと春季大会のこと。題と内容が全く違っているので勘違いされたのでは? これから大会のことを書くのでご安心を。

 実は今回の大会は有光氏と二人、鳴門会場に申し込んだのだが、申し込んだ時点で今回の結果には伏線があったような気がする。というのは、いつも一緒に鳴門会場に申し込むはずの清水氏、加藤氏が何を思ったのか四国会場(小松島)に申し込んだのだ。二人で鳴門に行くには交通費が厳しくなる。そこで今回は工夫をし、車は私の妻の軽で行くことにし、たこフェリー、下道経由、淡路島南から大鳴門橋を渡る作戦をとった。おかげで交通費はびっくりするほど安く上がったが、そのかわり釣り場に到着するのがかなり遅れ、本命ポイントは先客に押さえられていた。まさか先客がいるようなポイントとは思っていなかったので、到着したときはがっくりきたが、本命ポイントでなければ大物を釣ることができないなんて思われるのもしゃくなので、二人で相談してサブポイントに入ることにしたのだ。だが、結果は惨憺たるもの。お互いにカサゴやクジメ、キューセンなどを釣ってお茶を濁して釣り場を後にした。今日送られてきた大会結果の一部を見ると、近辺でもあまり良い釣果が上がっていないようで、本来ならサブポイントでもそこそこの釣果が上がるはずなのだが、これではこの結果も仕方ないかという感じ。したがって、今回は残念ながら釣行記byふぐたろうはお休み。期待して(?)お待ちの皆様、申し訳ない。これもふぐたろう、有光の不徳の致すところということで。そのかわりと言っては何だが、我がクラブのメンバーが南紀会場、四国会場にてそれなりの結果を残してきたようなので、月例会報告は遅れても参加したクラブ員にレポートしてもらい、アップするつもり。そちらの方を期待していてほしい。これからもこういう結果が多々あると思うので、クラブ員にはレポートをするようにとお願いしてある。一応「公式」の端くれをかじっているホームページなので、私以外の釣行記もたくさんアップしたいと思っている。
 言い訳になるが、北斗サーフの会長、およびホームページ管理人の立場としては、私がガツガツと結果を求めて釣り場に一番乗りなんていうのも嫌だし、他の会員を押しのけて順位にこだわるのも気が引ける。今回の結果はそれなりによかったのではないだろうか。そのかわり、情報発信源の立場として、個人的にはたくさん釣行して、たくさんのレポートを書きたいと思っている。それに期待していてほしい。

 はー、それにしても大会には弱いなあ〜(>_<)

春季大会

 今日は妻が職場仲間と飲みに行くということなので、私が早い目に帰宅して息子の相手をすることに・・・・日曜ごとに釣りに行ってしまっているので、これがせめてもの妻への罪滅ぼし。ただ、先日日曜日の境水道釣行に加えて3日連続で釣行記に挑戦していたこともあり、どうも体調が思わしくなく、今も微熱状態。今週末は大阪協会春季大会だというのに、不安なことこのうえない。だが、境水道に行くときから、2週続けての釣行になるのはわかっていたことだし、それは自分が撒いた責任でもあるので、大会には這ってでも行くつもり。私はクラブの連れの有光氏と二人で鳴門会場に申し込んであるので、欠席するわけにはいかないのだ。

 有光氏は、私がサーフに入会するはるか以前の学生時代からの北斗所属である。だから私にとってはサーフの大先輩なのだが、年齢も1つ違いということもあって、気が合うのか月例会ではほとんど彼、または彼を含んだメンバーで釣行している。昔はよく二人で個人釣行にも行ったものだが、最近では彼も仕事が忙しいようでなかなか釣りに行けないらしく、私との釣行もほとんど月例会のみになってしまっている。だから、せめて月例会だけでも楽しく釣りができればと思って、私は彼とよく釣行するのだ。

 そして、春季大会といえば必ず彼と鳴門に釣行して、対象魚もほぼ例年通りアイナメ狙い。大潮の上に釣り場が小鳴門の激流の中ということで、釣り時間は潮止まり前後が中心になるのだが、潮の流れが速い場所の特徴で、大潮回りの止まる、流れる、のメリハリのあるときの方が総じて釣果は良いように思われる。よく釣り雑誌には、小潮回りの方が釣りやすい、と書かれてある。確かにそれは間違いのないことだが、釣果はと言えば必ずしも小潮回りの方が良いとは限らない。大潮の潮止まりは緩んだときを含めても前後合計1時間くらいしかまともに投げられないが、その止まる一瞬の緊張感が私は好きだ。今回も釣れるかどうかはわからないが、またその緊張感を味わってこようと思っている。大会の入賞を狙うなら、川尻のキチヌ狙いがかたいのであろうが、私にとっては有光氏とともに激流の中を釣るアイナメ狙いが春の風物詩のようなものではずせないのだ。

 春季大会がこないと春は始まらない。そんな大切な釣りがまたやってくる。

マスターレシピ

月曜日夜に釣行記を作成したのだが、すべて書けて写真ものせて、リンクも完成。さあアップロードするぞ、と保存ボタンを押した瞬間にビルダーがダウン。最近私のPCはよくこんな形でアプリがダウンする。マメに保存することにしようと心に決め、気を取り直して翌日今度はワードを使って文章のみを打ち込んで、それをコピーペーストする作戦に出たが、今度はそのファイルをサーバーに転送しても写真がどうしてもアップされない。タグを確認するも、しっかりと写真のファイル名が記述されているし、どうにもこうにもラチがあかなくなった。何度も試みるうちに、トップページの写真を更新してみることにする(マスターさんとの2ショット写真のこと。)すると、トップは何とか転送されているようだ。こうなると原因はコピーペーストしたファイルに問題があるとしか考えられず、意を決して新規ファイルに改めて文章を打ち込むことにした。写真も貼り付けてドキドキの転送。それでようやく転送に成功、無事アップとなった次第。今回の釣行記は、結局似たような文章を3度打ち直したことになる。こんなことで寝る時間が遅くなったり、パソコンをしたがる息子を押しのけてせざるをえないなんて、ストレスが溜まりまくり。今回は少し懲りたかな・・・

 だがしかし、すごく思い出に残るであろう釣りの釣行記を3度も打たせてもらって、実際に行ったのと合わせて4回も釣りに行った気分になれたから、まあそれだけでよしとしよう。私はめげませんぞ~。

 今回の釣行の際にマスターさんから魚料理の簡単レシピを少し教えていただいたので、早速作ってみた。簡単でおいしく、皆に好評であったので、次回からも試してみようと思う。私が食べたいマコガレイの刺身もマスターさんが献上していただいたおかげで食することができたし、食部門は今回は上出来。やっぱり釣りたての魚はおいしいね。皆さんにも写真で少しだけ紹介することに・・・・

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 順にカレイの姿造り、スズキのカマの塩焼き、カレイの唐揚げ、カレイの漬け丼、そしてスズキのアラ炊き、スズキのホイル焼きを含めた3点セット。釣行記の作成には苦労したが、魚料理は大変おいしゅうございました。マスターさん、またおいしいレシピ、教えてくださいね。

トラブル続き

 先日の境水道釣行記、ようやくアップできたのが17日午前1時。ブログの方も気になるので、近況をとりあえず少しだけ綴っています。3日間、ビルダーの調子がおかしく、それで釣行記のアップが遅れました。ホームページを作るとこんなところで余計な心労が・・・

 とりあえず今日は疲れたので寝ます。

 また明日からブログも再開いたしますので・・・・

 皆さん、見放さないでね~~~(^^;)/

ビルダーがダウン(>_<)

 今夜、昨日の釣行記を書いたのだが、書き終わって保存している最中にビルダーがダウン。作成したファイルがすべて消えてしまい、意気消沈している。ああー、数時間の努力が・・・・今日は(というより、日付はもう15日火曜日やん!!)すでにパワーを使ってしまい、再作成の気力なし。

 ブログのアクセスを見てみると、やはり昨日の釣り関連の記事を期待してのことか、今日のアクセスがうなぎ登りに増えている。それだけ期待されているということか。すごく責任を感じている。釣行記には書かなかったのだが、昨日の釣りで対面した方、また、マスターさんを通じてメールや会話をさせていただいた方、本当にたくさんの方と出会った。私は何の気なしに、クラブの情報発信と新規会員募集の形だけでもできれば、と思いHPを立ち上げさせていただいたが、立ち上げることによってこれだけ多くの方と出会える、または出会える機会を与えられるというのは、本当にHPのおかげと思う。私の釣りの視野が広がる大チャンスともいえる。しかも、近頃のHPのアクセスカウンターは驚異的に数字を増しているし、ブログもしかり。やはり情報の発信源への期待が私のHPに限らず高まっているということに他ならない。今日の釣行記のダウンはともかくとして、すごく責任を感じている今日この頃。私自身、今年はともかくHPのことを意識して釣行回数をやや増やしているし、そのおかげか釣行記にそこそこ書けるだけの釣果は得ることができているが、本来はそんなに大物をたくさん釣るだけの技術はないつもりだし、自信もない。釣行回数にも限界があるので、いつまでこれが続けられるかわからない。カウンターの数字を見るにつけ、期待の大きさが身に染みてくる。いつまで続けられるか、どれだけ期待に応えられるかわからないが・・・・とにかく明日の夜、また昨日の釣行記を書いてみよう。皆さん、お待たせして申し訳ありません。もうまもなくUP!!

週末対決?!

 13日の日曜日は、ククレカレイさん(兵庫協会・神戸投翔会)、マスターさん(同・伊弉諾SURF)の3人で釣りに行く予定。ククレカレイさんとはアジュール舞子でよくお会いして、釣りをご一緒させていただいたことがあるが、マスターさんとは今回が初めて。とにかく、カレイマスターの異名を持つマスターさんは、周りの方も驚くほどカレイゲット率が高く、その釣り技術をどうしても見てみたくて、以前からご一緒したいと思っていたし、釣りとなればメラメラと目から炎が吹き出るほどのオーラを出しながら釣るククレさんも、横にいる自分までテンションがあがる方なので、一緒の釣行が今からとても楽しみ~。それに、このお二人の釣行は、「ククマス」対決と呼ばれ、私にはどんなバトルが繰り広げられるのかを実況する任務もあるので、今からとても緊張している。場所は週明けの釣行記に書くとして、狙いはもちろんカレイである。私にとってカレイ釣りは、とても好きだがそれに相反してとても苦手な釣りでもあるので、今回の釣行は自分自身の勉強だと思って、「謙虚」に釣りをしてくるつもり(笑) 当北斗HPに、お二人の対決が初掲載となるので、写真をバンバン貼りまくって楽しい釣行記にしたいと思っている。皆さん、どうぞお楽しみに~。

 さあ、大ガレイの仕掛け作り、仕掛け作り・・・っと。

産みの苦しみ

 阪神タイガースが好調。今日も中日を2-0で下して単独首位をキープした。ただ、金本選手が安打数1999本で足踏みし、試合を終えたときの、もどかしさをかみ殺すようにダッグアウトに引き上げる金本選手の顔がとても印象的だった。まあ、楽しみが1試合伸びただけだし、骨折しながらホームランを打つような人なのだから、いずれは安打も出るだろうし私は心配していない。意外と2000本目がホームランのような気もする。それだけのことをやってのけるのが不思議ではない人だ。金本選手は私よりも7歳も年下であるにもかかわらず、連続フルイニング出場を続行中などその姿勢はものすごく尊敬できると思っている。いつまでも現役選手でいてほしい選手の一人である。

 ところで話は変わって、サーフに入っている方は区切りの号数で産みの苦しみを味わったことはあるだろうか。残念ながら私にはない。というか、結構号数は意識しているつもりなのだが、例えば200号も意外にあっけなく達成してしまったのだ。管理人のページでも紹介させていただいたのだが、宮城県渡波のイシガレイが2006年5月20日。それが大物193号。その4ヶ月後の9月10日に岡山川鉄波止で194号となるクロダイを釣っている。この年は、渡波のイシガレイの運と、アジュール舞子での幸運が重なって、号数がうなぎ登りに増えた年なのだが、その年の9月22日にアジュール舞子で赤黒合わせて5枚の大釣りをして、あっという間に198号まで伸びた。本当はアジュールに行けばよかったのだが、あいにくクロダイはDランク、マダイはCランク以上でないと号数が伸びなくなったのだ。それに、198号まで到達しているのだから、この年のうちにアグレッシブに号数を意識し、しかも、皆が驚くような魚種で200号を達成したいと考えた。

 日時は2006年10月10日。場所は浜坂一文字。そう、大概の人がそうであるように、号数ガラ空きのヒラメを狙って生きアジの飲ませ釣りにかけたのだ。ただ、浜坂は11月に入ればヒラメの好期に入るので、10月上旬では早すぎる。だがそれも承知の上。朝から渡船に乗り込んで一文字の内向きで釣り座を構えた。この日は外海は大荒れで時折一文字の端が波をかぶっている。だが、そんな日はエサのアジが波止に寄っているので、足元のサビキでアジはいくらでも釣れた。そして、4本体勢で飲ませを開始。リスクは大きいが、釣ったときの感動はきっとあるはず。私はそのことを信じて、新しいアジをまめに取り替えては打ち返した。

 まず最初のアタリは赤灯向きに投げていた竿。ドラグから糸がジジッ、ジジッと出るので、悪くても号数UP可のマゴチだろうと期待を込めて合わせた。よし、乗っている。時折強い締め込みを感じながら、これはヒラメではないだろうとの予測で巻いてくると、なんと45センチオーバーの巨大・・・ホウボウだった。思わず私は苦笑い。だが、魚種の中で食部門人気ベスト3に入る魚種なので、喜んでクーラーへ入れた。このホウボウが幸運の女神だったか・・・すぐ後にまたドラグを鳴らすアタリ。しっかりと食い込ませてから合わせるとまた乗った! え?今度は横走り。かーっ、またヒラメとちゃうやん。なんて思いながら玉網を持って階段を下りていくと、なんとそれはスズキだった。やや小ぶりの55センチ。Aランク。ところが・・・私はスズキのAランクはまだ空いているのだ。思いもよらない想定外の199号を手に入れた。よし、舞台は整った。これでヒラメが来たら200号。さらに打ち返しを続ける。すると11時を過ぎてまたドラグを鳴らすアタリ。あれ?さっきのスズキとアタリが似ているぞ。竿先をブルブルと震わせながらドラグを鳴らす、さっき見たアタリ。もしかしてまた? しっかり食い込ませてあわせると、やはり横走りをするスズキ独特の引き。また、階段を下りて取り込みにかかると、やはりスズキだった。さきほどのものより少し大きくて64センチ。そんなわけで、私の200号達成はスズキと相成った。

 200号達成は案外あっけなく終わってしまった。そして現在大物210号。私は常々大物号数250号をプロ野球の2000本安打に例えている。今年度中には達成は無理にしても、いずれは達成する日が来ると思う。もどかしさをかみ締めながらも充実した日々を過ごしている金本選手を見て、その達成する直前の充実した緊張感をうらやましいと思った。本当に例えて申し訳ないが、大物250号を達成する直前、私は充実した生活、充実した釣りライフを送っていたいと思う今日この頃である。

 金本選手、もう少しの辛抱です。

消耗品

 釣り道具の消耗品、昔の高級な竹竿などは、下手すれば一生ものと言えそうな良い竿もあったようだが、最近の釣具は極端に言えばすべてが消耗品と言えるかもしれない。例えば投げ竿。皆さんの耐用年数はどれくらいだろうか。リールは? 私が最近使用している投げ竿のメインは旧型のスピンパワー425BX-T。5年ほど前に最初の2本を購入し、数ヶ月後に1本、さらに数ヵ月後にヤフオクで1本と、結局1年がかりで4本体制を整えた。初めは高くて購入に抵抗あったが、良いものを買って長持ちさせよう、の精神で購入したものなので後悔はなかった。その竿は今なお現役で健在。1本は一度だけ穂先の先を折ったが、それ以外はほとんど故障なしで現在に至っている。だが、これとていずれは引退する時期がやってくるし、そのときが買い替えの時期になるであろう。私的にはあと10年はもってほしいと思っているのだが。リールはPAスピンパワー。これは2年前にパワーサーフからの乗り換えで順次4台を入れ替え終わったので、しばらくはこれでいけるはず。機能的にも不満は感じていないので使いこもうと思う。次はクーラー。10年ほど前に購入したプロバイザーシンクー20Lが現役だが、大物指向を意識して1年ほど前にプロターゲットスーパーヘキサ26Lを購入(Tsuchyさんのアドバイスによるもの。)あとはカワハギ用をと思い、プロバイザーサーフ12Lを最近ヤフオクで購入したが、しばらくはこの3台体制だろう。

 おっと、釣具本体の消耗度は個人の好みもあるのであまり参考になりませんな。私が最近悩んでいるのは、その他の消耗品っぽい備品というか・・・

  1. スパイクシューズ。重い安物だが7年ほどもって横が破れてきた。新規購入したい。
  2. リュック。これはインプレにも書いたように、ファスナー故障で最近新規購入。
  3. ヘッドライト。これは試行錯誤の連続。何度買い換えようと思ったことか。だが、なかなか納得できてお気に入りのものが見つからない。
  4. 手袋。冬には必需品。その他でも、磯やテトラでの釣りはしておいた方が良い。2足持っているが、両方とも擦り切れて昇天寸前。良いものを買うべきか、バッタ物で済ませるべきか。
  5. 三脚。3段式だが、段々抜き差しがしにくくなってきた。曲がったり竿かけの横棒が取れたら新規購入と思っているが、なかなかしつこく抜けにくいだけの状態を保っている。
  6. 水汲みバケツ。これって良い物を買うべきなのかな。ロープはタマタマ付きのものがたぐりやすくて使いやすいのだが。先日の釣りで、タマタマ付きのものを忘れてきてショック。
  7. 玉網の枠および網。良いものは高すぎ。安いものはチャチ。悩みどころ。
  8. 帽子。クラブ用のものは変更がない限り永久使用。その他、汎用品を1つ。黒の「Hブサ」の帽子だが、色が褪せてきて茶色っぽくなってきた。
  9. ロッドケース。これはネクサスのハードタイプのものを2種。これは当分いける。
  10. ナイフ。これはこだわりがあって、切れにくくてもかつて大物を〆た実績から、なかなか買い替えする気にならない。スペアは購入してあるのだが。
  11. 救命具。滅多に使うものではないから、古臭くても今のままで良いかと思っている。

 さて、次は仕掛け編。皆さんはどこまでを使い切りとしているのだろうか。私の場合はお小遣いが少ない都合上、道糸の交換は釣行10回まではいかなくても6~7回は我慢。逆巻き替えなどで対処。蛍光玉やパイプ系もできるだけ再利用している。スナズリはインプレに書いた通り。モトスは傷次第。ただ、一応「大物狙い」の端くれとして、ハリとハリスだけは再利用しない。これは私のポリシーでもある。後悔するのはいつもその部分なので。だから、釣りが終わればハリ、ハリスは装飾品をセッセコと取ってから捨てる。市販の仕掛けもできるだけ使わない。「市販の仕掛け」についてはまた後日のブログで考えを書いてみようと思う。

 釣りの消耗品は意外に種類が多い。どこに力を入れてどこを節約するか。そのことをしっかりと考えて釣りに臨んでいる人は、大物をどこでどれだけ釣ってきたか、よりも大きなステータスであると感じるのは、私だけだろうか。

 さあ、次の日曜日の釣りに備えて、節約仕掛けを作ってみよう。ただし、装飾品は手を抜きませんが・・・(笑)

春のひとコマ

Photo

 いよいよ春。我が家には妻、長男の他に、実はあと6匹の家族がいる。それがこのカブトムシの幼虫。決してユムシではない(笑) ようやく春を迎え、花壇の隅に埋め込んであった幼虫の寝床を掘り起こして消息を確認してみた。すると出てきた。6匹の幼虫は健在! ちょっと感動。寒い冬をよく耐えて越してくれた。ご苦労さんと言いたい。

 

 昨年の夏に、父親の実家でいただいてきた成虫のカブトムシ。そのときにいただいてきたカブトムシはメスが2匹でオスが6匹。それを、ホームセンターで買ってきた腐葉土を入れた水槽で飼っていたのだが、やはり世の常か成虫は次々と死んでいき、結局は水槽だけが残ることとなった。まあ仕方ないかと、1ヶ月ほど水槽を放っておいたのだが、妻からもういい加減に処分したら?と言われて水槽の中身を広げた新聞紙の上に空けてみると、なんと水槽から6匹の幼虫が出てきた。ただでは死なないカブトムシ。子孫繁栄のために夜ごとに頑張っておられたようだ。私はちょっと感動して、息子と冬ごもり用の寝床を作ってやることにした。倉庫にあったアミエビのポリ容器の底に水抜き用の穴を開け、そこに腐葉土を入れ直して幼虫を入れ、外の花壇の隅に埋め込み、上からコンクリートブロックを置いておいた。時々コンクリートブロックをどかせて見てはみるものの、姿は全く見えなかったので、生きているかどうか全くわからなかった。それで、暖かくなった今日、ようやくそれを掘り起こしてみたのだ。水槽を空けたときには小指の先くらいの大きさであったのだが、今では写真のようにコロコロに肥えて元気、元気。

 このカブトムシ、やがてはサナギになり、成虫へと羽化するであろう。それまで大切に育て、息子と一緒に6匹の親の故郷に放しに行こうかななんて思っている。しっかり育ってくれよ、6匹の息子たち。

投げ釣り道場 3~加太~

 「最前線投げ釣り87」。月刊「Kの釣り」か週刊「釣りS」のどちらの別冊だったろうか。ご記憶にある方もおられると思うが、発刊当時、私は即この別冊を購入し、目からウロコが落ちるような思いで読みふけっていた。私を本格的に投げ釣りに目覚めさせたのは、もしかするとこの雑誌と、その2年後に発刊された「最前線投げ釣り89」の2冊だったのかもしれない。転居等でこれらの雑誌を処分してしまい、今になって後悔している。また前のブログの持ち出しで申し訳ないが、私が初めて買った投げ専用リール「チタノスエアロGT8000」は、この雑誌のインプレッションを見て購入したのだ。また、この雑誌で「能登島」「小鳴門」といった有名ポイントの名前を知った。それで、それらのポイントは大きなカレイが釣れるのだと信じて疑わなかった。それほど私には、宗教家の経典に値するほどのカリスマ的な雑誌だった。その当時の私は、住金裏にて初めて30cmオーバーのカレイを釣った頃で、投げ釣りの魅力にとりつかれて「しまいかけ」のイケイケ状態だったので、これらの雑誌は相当インパクトのあるものだったようだ。手元にはもうないが、今読むとどんな気持ちになるのだろうか。

 さて、その雑誌に載っていたのが「加太の大波止」。淡路島との間に友が島2島を挟む紀淡海峡に面した、潮通しの極めて良い釣り場である。その加太にて50㎝オーバーのイシガレイがバンバン上がっているとの記事を読んで、単独釣行ばかりだった私にとっては、手近に大ガレイが狙える場所ということで是非行ってみたいと思っていた。

 加太に初めて釣行したのが、雑誌が出た翌春の4月下旬。もう花見カレイのシーズンが終わりかけていたので、もうすいているだろうと行ってみたが、7時頃に行ってみると大波止の外向きは大勢の投げ釣り師や竿釣り師が竿を並べており、入る余地はどこにもなかった。今更場所を変えるのもしんどいので、私は空いている一文字とのミオ筋、つまり内向きに釣り座を構えた。外向きでは誰も魚を上げている気配はない。今日はだめかなと思っていた矢先、右斜め、つまり港方向に投げていた竿に大きなアタリ! 強い引きを感じながら巻いてくると、なんと大きなアイナメではないか。抜き上げて波止の上に横たえると、外向きで釣っていた投げ釣り師がたくさん寄ってきて、その中のお一人がメジャーで計ってくださった。38㎝! その当時の自己最長寸のアイナメであった。

 それからの私は頻繁に加太に釣行した。1~3月は住金裏、加太と交互に行くようになった。サーフに入る以前の加太での主な成果は、大波止先端にて30オーバーのイシガレイ、マコガレイ、大荒れで大波止が無理なときは住金裏にまわるか長波止または赤灯波止。長波止、赤灯波止も荒れ時にはバカにできなかった。どちらも短時間で30cmオーバーを数匹釣った記憶がある。加太も住金裏も残念ながら40cmオーバーは釣れなかったが、私はサーフに入るまでの間この両釣り場に頻繁に通って、投げ釣りの技を磨かせてもらった。加太の大波止。今でもたまに大ガレイが釣れているようだが、かつての精彩はないようだ。昨シーズンは林崎でイシガレイフィーバーが起こったが、その当時の加太もそんな感覚だったのだろうか。大波止は現在でも青物をはじめ、マダイ、スズキ、ヒラメなどが釣れるということで人気のあるスポットである。このような釣り場がいつまでも存続できるように願っているのは私だけではあるまい。

投げ釣り道場 2~住金裏~

 初めてマコガレイの30cmオーバーを釣ったのが住金裏だった。住金裏・・・正式には住友金属工業株式会社和歌山製鉄所の敷地内(裏の海岸線)にある、3kmにも及ぶ長大な護岸を指す。地元の釣り人の間では住金北防と呼ばれ親しまれている。

 その住金裏に初めて釣行したのは平成元年の2月中旬。車を留めておく西脇漁港への道でかなり迷ったのを覚えている。苦労してたどりつき、釣り場に入るためのフェンスを乗り越え、通称「第一コーナー」から一つ目のはしごを上ったあたりで竿を出したのが7時頃。初めて見たその護岸のテトラポットのあまりに乱雑な置き方に、竿を出すのもおっかなびっくり。とりあえず3本の竿を出してテトラポットに立てかけておいた。その日は日曜日だったため、好ポイントの第一コーナーは4~5人の投げ釣りマンでごったがえしていた。それでも時折30cm級のカレイが上がっているのが遠目にも確認できた。テトラポットの上り下りにようやく慣れてきた9時頃、妙な糸フケに首をかしげながら巻くと、その当時としてはびっくりするほどの重さ。テトラポットの上から巻いてくると、やった!カレイだ!! テトラが高いのでコッパガレイに見えたが、抜き上げてみると自己最長寸の28cmのマコガレイ。結局その日はそれ1匹だったが、私を住金裏ファンにさせるには十分な1匹だった。おいおい、30cmオーバーを釣ったんと違うんかい?!とお思いの皆さん。話はこれからが本題。私と住金裏との付き合いはまだ始まったばかりなのだ。

 2週ほど空けた3月の上旬。私は朝から、現在では埋め立てられて公園になっている、加太の長波止で竿を出していた。ところがその日は若潮。朝6時に干潮を迎える加太はアタリも何もなく、テンションが下がり気味だった。10時まで粘ったが魚1匹釣れないので、私は思い切って住金裏に場所変わりをすることにした。その日は訳あって平日の釣行だったので、幸いにも第一コーナーが空いていた。なぜ朝からここで竿を出さなかったのだろうか。そう自問自答しながらテトラの上から手返しをしていた。やはり何もアタリがない。それどころか、テトラがあまりにも前に張り出しているので、上げるたびにテトラに仕掛けが引っかかる。それで、私は思い切ってテトラを降りていき、コーナーの一番先端から投げることにした。それでもアタリはない。時間は12時30分を過ぎた。もういい加減にやめようか。そう思って1本を沖向きに投げて糸フケを取り、テトラに竿を立てかけた。慎重に糸フケを取り、テトラに腰掛けてパンを口に入れてその竿を見ると、糸フケを取ったはずなのに、道糸が思い切りフケてテトラにかかっているではないか。私は先日の糸フケアタリを思い出し、もしかしてカレイ?と思いながら糸フケを取って竿をあおってみた。あれ?根ガカリのように動かないぞ。それで、思い切り竿をあおってみると、ググッと魚の引きが手元に伝わってきた。巻いてみると、先日のカレイよりもはるかに重い引き! テトラ際まで巻いてきても魚は姿を現さない。最後の締め込みをかわして浮いてきたのは今までに見たこともない大きなカレイ!! 慎重にモトスを持ち、そろっと抜き上げてみるとズシッと重いマコガレイ。やった!!初めての30cmオーバーだ!! その当時ようやく持ち始めたメジャーではかってみると、36㎝もあるではないか。はかり終わってクーラーに魚を入れながら、やったー! やったー!と何度も叫んでいた。ちなみに当日の潮は満潮が12時40分。カレイが釣れた時刻とぴったり一致していた。

 これが私のマコガレイランクデビュー。カレイの大物を釣ったことがない私にとって、そのマコガレイは今思い出しても大きかった!とにんまりできる。本当にうれしい大物だった。そういえば、まだサーフに入っていなかったのに、魚拓をとったっけ。

 それから私は、シーズンになると住金裏に通うようになった。サーフに入る以前に、結構な数の30cmオーバーを釣り上げ、住金裏は私の心の友とも言える、私にとってはとても素敵なポイントになった。2月の雪が舞う頃に早朝から粘って何も魚が釣れず、あきらめかけた午後4時過ぎに30cmオーバーを釣ったこともあった。クロダイは先日のDランクを釣る前の自己記録は、サーフに入った翌年3月に住金裏で釣った47.6㎝だった。

 私にとってかけがえのない投げ釣り道場「住金裏」。現在では「第一コーナー」の手前に新しい波止ができ、潮の流れが変わってしまい、あまりカレイは釣れなくなったと聞く。新しい波止ができる前のその場所は、住金裏でも有名な、50㎝オーバーイシガレイのポイントだった。そんな好ポイントだった住金裏は、さらに悪いことに北港の埋め立てが進み、潮の流れがますます悪くなってしまったようだ。けれども、かつての私を育ててくれた住金裏がこのまま埋もれてしまうのはとても悲しい。私自身が行って確かめればよいのだが、なかなか機会がない。どなたか、最近の住金裏事情をご存知の方、連絡をいただければ幸いです。

投げ釣り道場 1

 私が投げ釣りを始めたのは中学校2年生の頃、確か4月下旬の中学校の創立記念日だったと記憶しているが、クラスの友達と行った新和歌浦。それまでは、池でフナ釣りや田舎の川でオイカワ釣りをするのが好きだったが、中学2年生で私は友達の誘いで始めて投げ釣りデビューを飾ったのだった。お小遣いで初めて買った投げ竿はメーカーは忘れたが長門という3.6mの竿だった。リールは何だったか記憶していない。なぜかというと、その「長門」という竿が変わっていて、元ガイドと次のガイドが取り外し式になっていて、そのガイドを取って竿を仕舞えば、まるでヘラ竿のようにすっぽりと仕舞えてゴム栓ができるような仕組みになっている、今から思えば変わっているけれども言い方を変えれば画期的な竿だったからだ。

 私が初めて立つ投げ釣り場は新和歌浦の大波止だった。青イソメのエサをつけて投げたが、何も釣れなかった。そのときに横の竿釣りのおじさんが30cmほどのサンバソウを釣ったので、投げ釣りを放ったらかしにして、ヘラ竿でウキ釣りをした。ベラとかグレとかが何匹か釣れて、そちらの方が楽しかったような気がする。

 いずれにしても、その日の釣りがきっかけで、私は投げ釣りにはまるようになったのは間違いない。中高とよく友達と釣りに出かけていたが、あまり大物を釣った記憶もなく、そのうち飽きたか違うことに夢中になったか、ほとんど釣りをしなくなった。

 大学から就職へ、私は釣りのことを忘れて生活していたが、きっかけは忘れたがもう一度投げ釣りをしたくなって、それでR社の飛竜という竿とD社のスポーツラインというリールを2セット買って、10月頃中学時代によく行った淡輪に行ってみた。そこで、30cmには足らなかったと思うが20㎝代後半のマコガレイをダブルで釣り上げ、それで私の投げ釣り熱は再燃した。私がカレイを今でも特別な存在として認識しているのは、このときの感激を今でも覚えているからだと思っている。

 さて、その頃の私は単独で釣行することが多かったので、必然的に泉南や神明間に行く機会が多かった。中でも泉南から紀北にかけては、私の投げ釣り道場的な場所が多かった。この当時、つまり年号が昭和から平成に変わった頃、一世を風靡した釣り場を上げてみると、

  1. 加太大波止・・・50㎝オーバーのイシガレイが出て有名になった。
  2. 東燃裏・・・・2~3月頃に一時マコガレイの40cmオーバーが出まくった。私が行ったとき、私は釣ることができなかったが、周りで40cmオーバーがダブルも含めてたくさん釣れていて、私は悔しい思いをした。翌週の週間釣りSという雑誌の釣り場速報に「東燃裏爆釣!!」の文字が踊っていた。
  3. 住金裏・・・・ここは釣り場が広く、しかもどこでも大きなカレイが狙えるという、抜群の釣り場だった。難点は、東燃裏もそうだが、テトラポットが乱雑に入れられていて、釣り座を探したり、取り込みがとても厄介だということ。それと、釣り場によっては、車を留めてから歩く距離が2~3Kmもあるということ。それでも当時の住金裏には、のめり込ませる何か不思議な魅力があった。

 この頃に投げ釣りをされていた方なら、懐かしさを感じておられるのではないだろうか。いずれの釣り場も今はもうひとつのようで、少し悲しい気がする。これらの釣り場は私にとって投げ釣り道場的な場所だったのだ。

 次回は、これらの釣り場での記憶に残る釣りを書いてみよう。

弱り目にたたり目

 春休み中の釣行が、行事等の関係で今日の午後しか空かないので(土曜日は吹奏楽部の入学式演奏の練習、日曜日はその他もろもろ。)急遽西方面へ行ってきた。夕方5時頃が満潮なので、まずは須磨裏公園でカレイ狙い、そして、トンボ帰りをしてキチヌ狙い。結果的にどちらもダメだったのだが、ボーズを抜きにしても、今日は行かない方がよかったと思えるくらい、悪いことが重なった半日だった。皆さん、笑いのタネにどーぞ。ま、こんな日もあるわな。

  1. まず、午前中の仕事。ある理由で後ろ髪を引かれながら職場を出た。
  2. 須磨のエサ屋でボケもついでに買おうと思ったら売り切れ。
  3. 須磨海浜公園駐車場に留めようと思ったら、大渋滞で急遽須磨浦公園に変更。海水浴場のあたりでのんびり釣ろうと思ったのだが・・・
  4. トンボ帰りの若宮ランプでETCカード入れ忘れで強行突破。緊急停止したら後の車にクラクション鳴らされまくり。ゲートはなんとかクリアできたが・・・
  5. キチヌポイントに着いたら、波止は2~3人の釣り人が5m間隔くらいで竿を並べて占領。仕方なしにテトラ帯へ。
  6. 初めてのテトラ帯なので、デジカメで写真を撮ろうと思ったら、バッテリー切れ。
  7. 仕方なく携帯で撮ろうと思ったら、これもバッテリー切れ。この時点で「釣るな」の指令が出ていたのかい?
  8. テトラ帯で釣っていたら、バッグから仕掛けケースがスルスルとテトラの隙間へ落ちた。必死こいてテトラの隙間をヘビのようにかいくぐって、ようやく回収できるも、ケースは水びたし。
  9. その、テトラ帯をかいくぐっているときに、ピンオンリールでつないであったハサミがちぎれて落ちる。これは回収不可能。
  10. ほうほうのていで帰路を急ぐ。ここは無難に帰宅できたが、帰ってから水汲みバケツを忘れていることに気づく。

 まあ、これだけ悪いことが重なると、逆に笑けてきますわ。そのかわりと言っては何だが、少しだけいいことが。帰りの釣り場で10円玉を2個拾った。20円ラッキー!!とでも言っておかないと気がすまない。あーあ。

相性

 私には相性が良い釣り場とそうでない苦手な釣り場がある。もちろん、相性の悪い釣り場は必然的に避けてしまいがちなので、釣れない悪循環となってしまうのだが、今日はそれらの釣り場をいくつかあげてみる。

 まず、これはサーフの人間にとって、ここを苦手にしてしまうと致命傷ではないかと思える場所、淡路島。これは私に限らず、わが北斗サーフのメンバー全体に言えることなのだが、淡路島内でこれは!と思う良い釣りをした試しがない。私の記憶では、淡路島で釣ったランク物は、今から15年も前に釣った岩屋のアイナメと、同じく7~8年前に釣った古茂江のマコガレイ。いずれも30cm代半ばであった。それ以降、うーん、いくら思い出してもランクは釣っていないなあ。だから、例年最後に開催される大阪兵庫合同納竿大会は苦手中の苦手。それで毎年小鳴門方面まで足をのばしたいと思っている。昨年の合同納竿大会においては、交通費の関係で大鳴門橋を渡らずに福良漁港にて竿を出したが、嫌な予感が的中してアタリがほとんどなかったし、そういった苦手意識を打破するべく行った、ここ1年の淡路個人釣行でも松帆ダメ、洲本ダメ、由良ダメ、浦ダメ、のだめだめづくし。どなたか淡路島での魚の釣り方を私に伝授してほしいくらいである。私個人的には、淡路島での大会をできるだけ避けてほしいと思っているが、これは無理な話。

 さて、次は境水道。え?と思われる方も多いと思う。ここでも私はランクを釣っていない。ただここはひとえに行く時期が悪い。過去に行ったのは12月下旬と3月の下旬。11月や4月以降に行けばなんとかなるのでは?と思っている。今年あたり、境水道で大物をいわしてやろう!

 次は、和歌山県の煙樹ヶ浜。あーもう思い出すのも嫌なくらい、苦手な場所。ただ、ここも悪い条件のときに行っている気がする。色々な方の意見を聞くと、潮の大きな日の下げ潮でアタリが多いとのこと。この条件のときに行ったことがないので、これも条件を選んで挑戦する価値はあるかも。

 まだある。三重県の引本、矢口浦近辺。何度行っても大物は釣れない。だから、最近はほとんど釣行していない。近頃日本記録またはそれに匹敵するキチヌが釣れたり、とてつもなく大きなマダイが出たり、時々驚かせる大物が釣れている。それらの魚を釣った方は、どのような技術(秘技?)を駆使されているのか、本当に一度聞いてみたい。

 さて、相性の良い場所。これは技術云々ではなく、たまたま行くとたまたま釣れるのが重なっただけで一見相性が良いように見える場所も含む。例えば、兵庫県のアジュール舞子。ここは3年ほど前から折を見て年に4~5回半夜釣りで通っているが、大物をはずしたのは私の記憶では2回だけ。マダイがだめでもクロダイやスズキが釣れて、大概ボーズを免れている不思議な場所。これは本当に技術の問題ではないのだ。ただ、アジュール舞子のカレイ釣りは苦手。秋の乗っ込み時期にエサトリをかわしてマシンガンキャストをしつつカレイを得るのが苦手なのは、単に私の不精のせいではあると思うが。

 小鳴門の激流の中でのアイナメ狙い。これは春に限られるが、ほとんどランクをはずしていない。私にとっては貴重なポイント。詳しい場所はここでは紹介できないが、北端の北泊近辺の激流の中とだけ言っておく。ただ、サイズ的にはあまり大きくないので、サイズアップを目指す方には少々物足りないかも。

 さて、たくさん書いたが、先日書いた大物号数UP戦略とのからみで、これから相性の良いポイント、悪いポイントを織り交ぜながら釣行してみようと思う。ああ、一度は経験してみたい、淡路島でカレイ爆釣、引本でデカマダイ、煙樹でデカクロダイ。境水道でデカスズキ。魚の神様~~

 

新年度・・・

 今日から新しい年度が始まった。私の職場はもうご存知の「某中学校」であるが、この4月1日は恒例の新年度学年組織作り。新着任の先生の紹介に始まり、全体の会議、学年の会議、教科の会議、そしてまた学年の会議と延々と会議は続く。私が所属する学年は新3年生になるのだが、転居等の関係で生徒数が減り、2年生で4クラスあったものが3クラスに減となってしまった。それで、クラス分けと担任決めの会議が随分と長引いた。生徒にとってはクラスやクラスメート、担任を選ぶことができず、かと言って生徒の友人関係ばかりに目をやっていてもうまくいくわけないし、そのあたりがクラス決めの難しいところである。特に最近は、保護者の方から「あの子と一緒にしてほしい。」とか、「あの子とは離してほしい。」といった「要望」まで聞こえてくるようになって、本当に困ったものだ。とりあえず、今日の夕方にようやく納得できるクラス分けと担任決定ができた。各先生の仕事もそれぞれ決まり、明日から本格的な新年度のスタート。まず大きな行事は月曜日の入学式。新しい顔ぶれを迎えるべく、明日から準備にとりかかろうと思う。ちなみに私は、3年連続で学年主任・・・器ではないのだが・・・・こりゃまた大変だ。

 話は変わるが、私は大の阪神ファン。息子の「誕生日」編を読んでいただいておわかりと思うが、阪神タイガースは私にとって別の意味で心の支えになっている。息子の肝移植手術の進行とともに快進撃を続けた平成15年の星野タイガースは、今でも私の心の拠りどころだ。今は岡田監督に変わり、メンバーも随分変わったが、その気持ちには変わりない。今年は新戦力、新井や平野が大活躍。今日も広島に勝って4連勝。まあ、どこまで続くかはわからないが、勝つとその日の仕事の疲れがふーっと抜けていくような気がするので、やはり私にとっては大切な存在。頑張って勝ち続けてほしい。

 さあ、次はどこに釣りに行こうか。ここ2、3日で仕事に疲れたら、夕方あたりにキチヌに遊んでもらいに行こうかな~。

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