« 誕生日 その2 | トップページ | 誕生日 完結編 »

誕生日 その3

 「肝移植しかないですね。」

 そう言われてもピンとこなかった。移植なんて自分の周囲であったことはないし、ましてや未来にもあるなんて思うはずもなかった。それがまさか自分の息子にされるとは・・・ 

 胆管が再構築されて胆汁は小腸に流れ込むようになった。ところが、4ヶ月の歳月は肝臓の機能を胆汁の毒素から守り切れなかった。胆汁の毒素に負けた肝細胞は次から次へと肝硬変の症状を起こし、もう残りわずかのところまできていた。肝硬変を起こした肝臓は再起不能となり、やがて肝不全となって命は途絶える。大きな手術を乗り切った息子に、またそれよりもさらに大きな試練が待ち受けていた。

 移植の方法は生体肝移植になった。生体肝移植の長所は脳死肝移植と違い、確実に新鮮な肝臓が手に入る。短所は、健康体にメスを入れなければならないこと。そういった説明を医師から受けた後、「ドナー」つまり元の肝臓の持ち主を選ぶことになった。ドナーは一番近い身内から順に適合するかどうか検討されていく。息子の血液型はA型、私はB型、そして妻はA型。必然的に妻がドナーに選ばれた。すぐにOKの返事をした妻は偉かったと思う。何しろ妻は今まで病気らしい病気もしたことがない、極めて健康な身体だったから。人生初の手術がよりによって健康なときにされる移植手術になるなんて、いかに息子のためとはいえ、ある意味不幸と考えざるを得ない。それでも、とにかく妻がドナーになることになり、慎重に検査が進められていった。肝臓は三角定規の長い方のものと同じような形をしている。そして、左右2つの部分からなり、幅の広い本人の右手側を右葉、狭い左手側を左葉と呼ぶが、その狭い方の左葉を移植することになった。ところが、その左葉の小さい方ですら、まだ息子の身体には大きくて移植できないらしい。ぎりぎりのところの選択だが、息子の身体がもう少し大きくなる約1ヶ月後の8月下旬に手術の予定が入れられた。とはいえ、肝不全が秒読み段階の息子に1ヶ月の時間はどういう意味を持つのか。何が起こるかは全くわからないけど、何かが起こるのではという不安が私にも妻にも確実にあった。

 まだ、手術の傷が癒えない息子の、手術までの闘病生活が始まった。その頃はまだ、この息子になぜさらに手術が必要なのかわからないくらい普通に見えたが、日が経つにつれて状況は変わっていった。腹水がたまりだしたのだ。そして、食欲がなくミルクを飲まなくなっていった。だが、手術を遅らせたのは息子の身体を大きくするための猶予であるわけだから、栄養を身体に入れないわけにはいかない。それで、ついには鼻から管を入れられて、4時間おきに「エレンタール」という栄養剤を入れられることになった。腹水がたまった息子は、カエルの腹に空気を入れたような、そんな腹になってパンパンになってきた。そんな腹になって、おいしくもないエレンタールを鼻から注入されていても、息子はいつも私たちや医師、看護師さんに笑顔を振りまいていた。そのけなげさにいつも涙が出てくるのであった。腹にたまった腹水は、前回の手術後に残しておいたカテーテルから抜き取ってもらう。腹水とはいっても実際には栄養分がほとんどであるから、抜き取りも慎重を期した。「もういい加減に抜いてやって。」と医師に言っても、なかなか抜いてくれないのだ。それでもこれで限界という腹になったときにはようやく医師が来て抜いてくれるのだった。1回目の手術から2回目の手術までに3~4回は抜いてもらったのではないだろうか。1回あたりに2Lペットボトル1本分くらい取れたと思う。それくらい腹水が出てしまうほど、肝臓には猶予がないということだった。それでも、土日は外泊許可が出て自宅に戻ることができた。でも、うれしいはずの外泊も、実際は地獄のような二日間だ。まず、そのときを見計らって家事や洗濯、そして自分の風呂と、することを素早く済ませなければならない。その上に、鼻からチューブを入れられたままの息子に4時間おきに夜も昼もエレンタール。4時間おきとはいっても、1回の注入に1時間半以上かかるので、実際には注入後2時間くらいで次の注入が始まる。しかも、毎回スムーズに注入できるとは限らず、もう終わりと思う頃にすべてを嘔吐し、その手入れもしなければならないことも多かった。夜は夫婦で交代できるとはいえ、妻も私も体力に限界があった。日曜日の夜には病院に戻らなければならない。戻ることが辛いはずなのに、なぜかほっとする自分が悲しかった。妻も同じだった。刻一刻と自分の腹にメスを入れられるときが迫ってくる中、様々なことをこなしていかなければならない妻は、私よりもはるかに辛かったと思う。ときには夫婦でぶつかって気まずくなることもあって、今から思えばもう少しやさしく接してやればよかったと思う。

 そんな辛い日々が過ぎていき、やがて手術当日8月22日がやってきた。

 ごめんなさい。もう一度「続く」にさせてください。この話が完結したら、また釣りの話題に戻しますので・・・・・m(- -)m

« 誕生日 その2 | トップページ | 誕生日 完結編 »

保存版」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/508444/40526935

この記事へのトラックバック一覧です: 誕生日 その3:

« 誕生日 その2 | トップページ | 誕生日 完結編 »

カテゴリー

  • とんでもhappenな釣り
    釣りに行って遭遇した、様々なハプニングを書いています。
  • アーカイブ釣行記
    過去の釣行記事を復刻しました。
  • タックル・アイテム
    記事数が多くなったので、タックルやアイテムについての書き込みも整理してみることにしました。これはただ今作業中ですので、順次増やしていく予定です。
  • プチ釣行記
    個人での釣行記録です。遠征釣行も含みます。
  • 一応学校の先生です
    時折飛び出す、授業ネタ、吹奏楽ネタをまとめました。おはずかしいですが、これでも一応学校の先生、ってことで(^^)
  • 事故の記録
    今となっては大切な、事故と入院生活の記録文。事故4周年を迎えて、新たにカテゴリーを設定しました。
  • 保存版
    私にとっては、とても大切な記録文だと思っています。お読みいただければうれしいです。
  • 家族のこと
    鼻の下を長くして、家族のことを書き綴っています(^^;
  • 活け魚陸送
    おいしい刺身を食べるには、生きたまま持ち帰るのが一番!! というわけで、様々な魚種を生きたまま持ち帰る、というテーマで書いています。
  • 西大阪サーフ月例会
    私が所属する、西大阪サーフの月例会を報告します。必ずしも私が参加出来るとは限りませんので、報告がない月もあるかもしれません。ご了承ください。
  • 食部門
    釣り部門よりも優先している、魚を食す部門です。さて、どんな料理が飛び出すか?!
2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
フォト
無料ブログはココログ